カタコトの料理

2026.8.28 金

 1993年秋、オレはアムステルダムにあるSTEIM(the Studio for Electro-Instrumental Music)という電子音楽の研究所みたいなところに1ヶ月ほど滞在していたことがある。ここには宿泊施設がついていて、世界中から集まってきた音楽家や電子音楽の研究者が滞在出来、自由に電子音楽の工房を使うことが出来たのだ。オレが滞在していたときにもマレーシア、イギリス、カナダと様々な地域の音楽家が滞在していた。

  あるとき、たしかマレーシアから来ていた滞在者の一人が、「ソバが手に入ったから今夜はソバパーティをやろう」と言うではないか。

「ソバって日本の?」

「もちろん」

やったー。オレは久しぶりの日本食に盛り上がった。それも大好物の蕎麦だ。泣きたいくらい嬉しかった。

 パーティの時間か近づいてくると、なにやらニンニクとオリーブオイルを炒めたような良い香りがしてくる。前菜にイタリアン? ところが、ところが、食卓の大皿に盛られていたのは、なんと、ソバをパスタに見立てて作られた、ポモドーロやジェノベーゼに、カルボナーラだったのだ。

「大友、ソバだぞ。日本の食器もあるからね」

差し出されたのは味噌汁用の木のお椀とフォーク。大抵のものには驚かないオレも、これにはまいった。でもそいつの嬉しそうな顔を見てると怒るわけにもいかない。

「ありがとう」

そう言いながら、イタリアン・ソバをフォークと味噌汁用のお椀でオレは平らげた。複雑な思いと違和感を打ち消しながら。そこにいた多国籍のみんなは、日本のソバは初めてだけと、美味いね、なんて言ってる。一応日本代表のオレとしては、「たしかに麺はソバだけど、これはイタリアンテイストだよ」なんて言ってみたり。するとイタリアから来たヤツが、「イタリアでは醤油はつかわないよー」なんて言っている。たしかにどのイタリアン・ソバにも醤油が隠し味に使われている。なかなか粋なことをやってくれていたのだ。このときオレは日本の五右衛門のパスタを思い出していた。タラコスパとか、納豆パスタとかを。そういえば、イタリアの友人が日本のナポリタンを食べて、あれはイタリアンじゃなくて日本料理って言っていたなあ。彼が納豆パスタを見たらどう思うのかな。

 日本ネイティブの人間にとっては醤油を隠し味にしたとはいえ、蕎麦がカルボナーラになるなんて信じられない事態だし、ましてやそれを味噌汁のお椀とフォークで食べるなんて、違和感がありすぎてめちゃくちゃにもほどがあるって思ってしまうけど、でもネイティブじゃない人間から見たら、なにが違和感なのかすらわからないって話なのだ。僕らがナポリタンや納豆パスタに違和感を感じないように。

 このとき、ソバ・カルボナーラを食べながら、コトバにカタコトがあるように、料理にもカタコトがあるのではないか、なんてことを思ったのだ。異なる文化背景をもつ人があつまり、そこに扱ったこのとない食材が現れたときに、カタコトの料理が生まれる。生まれた瞬間は名前はない。即興だからだ。でもそれが定着していくと、ナポリタンとか納豆スパなんて名前がついたりする。きっとカレーライスとかハヤシライス、アンパンなんかも最初はそうやって生まれたに違いない。アボカドを巻き寿司に入れるカリフォルニアロールだって、きっとカタコトから始まった料理なんじゃなかろうか。

2027.8.28